あの「沼プー」が映画になった。 最後の49日間を描く『沼影市民プール』
沼プーには、家族も、泳ぐ人も、LGBTQのお仲間もいました。52年間で約600万人が利用した市民プールです。本作は、屋外プールが閉鎖されるまでの最後の49日間を記録しています。沼プーを訪れた人たちの姿や、そこで交わされた会話、最後まで続いた日常を映した映画です。
映画『沼影市民プール』とは
さいたま市で52年間親しまれた沼影市民プール。屋外プールが営業を終えるまでの49日間を追った、80分のクリエイティブ・ドキュメンタリーです。
予告編で見る、沼影市民プール
OFFICIAL TRAILER五つの感情でたどる、最後の49日間五つの感情でたどる49日間
映画が映すのは、屋外プールの営業最終日へ向かう49日間です。閉鎖を受け入れられない気持ち、怒り、何とか残せないかと願う気持ち、失う悲しみ、そして受け止めていく時間。エリザベス・キューブラー=ロスの「死の受容の5段階」を構成の軸に、プールがなくなるまでに人々の間で揺れ動いた感情をたどります。
利用者、職員、地域の人々の言葉と日常を重ねながら、一つの公共施設が役割を終えるまでを描いたクリエイティブ・ドキュメンタリーです。
思い出のプールが、映画になるまで沼プーが映画になるまで
映画の始まりは、太田信吾監督が地元で沼プーの閉鎖を知り、住民説明会へ足を運んだことでした。そこで交わされたさまざまな声と感情が、五段階の構成へつながります。さらに調査を進める中で、監督自身が知らなかったLGBTQの居場所としての一面にも出会いました。
なぜ、沼プーを映画にしたのか
撮影を始めた理由と、企画が変化していった過程を太田監督に聞きました。
地元で、沼影市民プールがなくなると聞いたことです。住民説明会へ足を運ぶと、閉鎖をめぐるさまざまな意見が議題に上がり、場所を失う人たちの感情が大きく揺れていることを感じました。
エリザベス・キューブラー=ロスが示した「死の受容の5段階」と、似た感情の流れがあるのではないかと思いました。人の死だけでなく、建物や場所を失うときにも、否認、怒り、取引、抑うつ、受容へと向かう動きがあるのだと思います。自分の中にも同じ揺れがあると気づき、この構成で映画を作ろうと考えました。
いいえ、知りませんでした。調査を進める中で、ゲイ男性の出会いや交流の場でもあったことを知りました。自分にとっては子どもの頃に通った市民プールでしたが、同じ場所に、自分が知らなかった別の時間や人間関係があったのだと気づきました。
一つの場所にも、立場によって異なる意味や価値があるのだと考えるようになりました。そこには、家族、泳ぐ人、LGBTQのお仲間、職員、近隣の人など、それぞれの立場がありました。異なる見方を一つにまとめず、並べて描くことが、この映画の形になっていきました。
閉鎖までの日常にあった笑い閉鎖までの日常にあった笑い
映画は、閉鎖をめぐる問題だけを説明するのではなく、そこで過ごす人々の会話や日常も映し出しています。閉鎖が迫る中でも、泳ぎ、語り合い、それぞれの時間を過ごす姿がありました。
ふらっとが特に印象に残ったのは、登場する人たちの自然な会話です。社会問題を伝えるだけではなく、一人ひとりの個性やユーモアが作品に息づいていました。
映画を、娯楽としてつくる
閉鎖を扱いながら、笑いや驚きも残した理由を聞きました。
社会問題を説明するだけの映画にはしたくありませんでした。笑ったり、驚いたり、「何なんだこれは」と思いながら観られる作品にしたいと考えました。映画は、やはり娯楽でもあると思っています。
一つの場所から、まったく違う世界が次々に出てきたことです。きれいにつながらないものを一つの主張へまとめず、横道へ入るような感覚で撮ることが面白かったです。
家族の隣に、LGBTQのお仲間もいた家族の隣に、LGBTQのお仲間も
家族連れのそばで、LGBTQのお仲間たちも夏を過ごしていました。子どもも、泳ぎに来た人も、職員もいました。沼プーは、誰か一人だけの場所ではありませんでした。
利用者アンケートでは、夜の店とは違い、昼間に仲間と会える場所だったという声が寄せられました。利用の仕方は、人によって異なります。
LGBTQのお仲間をどう描いたか
LGBTQの居場所としての一面を、作品の中でどのように扱ったのかを聞きました。
沼プーが持っていた複数の意味を描くうえで、外せない一面だと考えたからです。家族連れにとっての場所と、ゲイ男性にとっての場所は、どちらか一方だけがその場所のすべてなのではなく、同じ空間に重なって存在していました。
性的な出会いだけを切り取らず、その先にある生活や家族、孤独、老い、関係まで描くことです。一方で、実際の人物をそのまま撮れば、本人が特定される可能性があります。そこで、聞き取った経験やリサーチをもとに映画の場面を組み立て、具体的な会話は出演者に委ねました。
普段、ゲイの友人と会うのは、飲み屋など夜の時間帯が中心でした。沼影では、仲間と昼間に遊ぶ楽しさを知りました。
家族連れもゲイのグループも、同じ空間で自然に過ごしていました。ほかのプールに比べて、利用者同士の間に壁がないように感じました。
※アンケート回答は、内容を変えない範囲で読みやすく整えています。
映画が、別の土地へ届いたとき別の土地へ届いた映画
本作はニュージーランドのDoc Edgeで世界初演され、釜山国際映画祭でアジア初演。その後も各地の映画祭で上映されました。上映後のトークでは、沼プーを知らない観客からも、自分の記憶や社会の問題に重ねた言葉が返ってきました。
沼プーを知らない人へ
海外上映とトークを重ねる中で、どんな記憶や問いが返ってきたのかを聞きました。
フランスでは、夏に家族や親戚が集まった祖母の家を思い出し、涙を流した方がいました。釜山では、場所を失う悲しみやノスタルジアとして受け取られました。
埼玉の一つのプールが、観客それぞれの「失った場所」へ置き換わっていったことが印象に残っています。
テッサロニキでは、公共空間、都市政策、民営化、孤立へと話が広がりました。沼影と同じように、都市開発の中で住民の心のケアが置き去りになっているのではないか、という声もありました。
記録を別の土地へ運び、観客と話すこと自体にも、失った場所を悼み、記憶を受け渡す働きがあるのだと考えるようになりました。
年齢も立場も考え方も違う人が、同じ映像を見て、それぞれ違うことを考えます。そんな「異なる人が同じ場所にいられる時間」も、上映を通して作りたいと思っています。
撮影できない経験を、映画にする撮れない経験を映画にする
撮れない経験を、どう残したか
実際の人物をそのまま映せない経験を、映画の場面として残した理由を聞きました。
本人を特定されることから守りながら、カメラが入れない生活や歴史も消さずに残したかったからです。実際に聞いた話やリサーチをもとに場面の流れや設定を示し、具体的な会話は出演者に委ねました。
以前は、作品を良くするためなら衝突も必要だと思っていました。今は、同じ意見になる必要はなく、違いを残したまま一緒に作れるかを大切にしています。
なくなる場所を、映画に残すなくなる場所を映画に残す
本作では、閉鎖する場所にどう別れを告げるかが、一つのテーマになっています。
営業終了後、屋外プールは解体されました。映画には、解体される風景と、閉鎖前の水面、ロッカー、利用者や職員の声が残されています。
なくなった場所を映画に残す
場所がなくなったあと、映画に何ができるのかを聞きました。
映画には、失われたものを元通りにする力はありません。しかし、そこにいた人の声や身体、風景、時間を、別の時代の知らない人に手渡すことはできると思っています。
振り返ると、ずっと「なくなってしまうもの」を撮ってきたのかもしれません。ただ、保存したいだけではありません。人の声や身体、風景、時間を次へ渡し、異なる人が同じ場所にいられる時間を残したいと思っています。
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